本記事では、技術戦略導入のメリットや立案方法、役立つフレームワーク、導入事例などについて解説します。また、技術戦略導入に際しての注意点についても解説しているので、製造業に関わる経営者や技術開発部門で働く方々はご参考ください。筆者経歴株式会社346 創業者 共同代表 菅野 秀株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他。アイティメディア株式会社の情報ポータル「Monoist」で連載中。1.技術戦略とは技術戦略とは、企業の成長戦略のひとつで、自社技術の研究開発・商業化・提携などに関する戦略のことです。技術開発戦略とも呼ばれ、技術経営(自社技術の活用に特化した経営のこと)において要となる戦略です。具体的には、長期的な視点で技術分野の計画を策定し、「開発推進すべき技術/撤退すべき技術」を決定するほか、現在自社が保有する技術の活用方法や、特許化などを検討します。また、策定した目的に沿って、部署同士の連携・他社との連携も促します。2.技術戦略が必要な背景経済活動に影響を及ぼすであろう全ての流行病や災害、テロ、戦争などのリスクを予測することは困難です。これは技術の進歩も同様です。AIやIoT、ブロックチェーンなど新しい技術の台頭によって、顧客・市場のニーズが大きく変わり、既存技術の価値が変動する可能性があります。しかし、企業は社会の様々な変化に対応していく必要がありますので、技術分野においても企業は様々なシナリオで「ニーズが高まっていく技術/衰退していく技術」を見極め、長期的な開発計画を立てる必要があります。昨今のように技術進化や移り変わりのスピードが早い社会においては、特に技術戦略の重要性は高まっているといえます。3.技術戦略を導入するメリット技術戦略の導入メリットは以下3つです。技術革新に対する対応力強化競合他社との差別化部署同士の連携強化(1)技術革新に対する対応力強化技術革新が生じると、既存技術の価値が下がることがあり、その対応が遅れると大きな損失を被るリスクがあります。技術戦略を導入することで、このリスクの低減が可能です。自社の技術戦略の中では今後開発が進む技術についてある程度見当をつけ、技術開発に取り組みます。また、もし想定外の技術革新が起きたり、競合が現れたりした際には再度戦略を修正し、対応を検討します。技術戦略の導入によって長期的な視点に立った計画立案と、最新の動向を注視することによって、技術革新への対応力を強化することができます。(2)競合他社との差別化技術戦略では、他社技術の分析と市場の調査を行った上で、自社の強みを活かせる技術開発・活用を計画します。これによって、企業は競合他社との差別化を図ることができます。戦略的に競合との差別化ができれば、市場でのポジションを確立し、収益を拡大していくことができます。(3)技術開発部以外の部署との連携強化技術戦略の立案を通して企業は戦略立案に関わる全ての部門間での連携を強化します。特に、技術開発部と営業部、およびマーケティング部との結びつきは極めて重要です。例えば、営業部は市場の動向や競合状況、顧客ニーズをリアルタイムで把握しています。これらの情報を技術開発部にフィードバックすることにより、市場ニーズに即応した開発が可能となります。逆に、技術開発部から営業部への情報提供も重要です。新技術や製品開発の進行状況は、営業部が将来的な販売戦略を立てるための必要な情報です。このように、技術戦略の立案を通して各部門間の連携を強化することで、組織としての企業競争力を高めることができます。4. 技術戦略を立案する5つのプロセス技術戦略は、以下の5つのプロセスを経て立案されます。技術戦略の必要性の浸透自社技術の棚卸し顧客ニーズ・市場トレンドを調査競合他社の技術分析自社技術の方針を決定(1)技術戦略の必要性の浸透技術戦略の導入を成功させるためには、その意義と必要性を組織全体に浸透させることが重要です。技術戦略は、一部の部署だけでなく、組織全体の方向性を示す戦略であるため、経営層から現場の従業員までの理解と協力が求められます。具体的な浸透方法としては、以下のようなものがあります。セミナーや研修を通じた教育:技術戦略の意義や、具体的な立案方法などを伝える内部向け資料の作成・配布:技術戦略の目的や進行状況を社員全体に共有する技術戦略会議の定例化:戦略立案や見直しを定期的に行うことで、継続的に意識する機会をつくるこうした方法を通じて、技術戦略の必要性を浸透させます。(2)自社技術の棚卸し技術戦略を立案するためには、まず自社の技術力を正確に把握することが重要です。これは技術の棚卸しとも言える行為で、自社が持つ技術資産・特許・ノウハウ、それらのユニークさや競争力、そして技術が市場にとってどれほど価値あるものなのかを評価します。具体的には以下のような項目をリスト化し、それぞれ評価することで棚卸しを行います。技術領域(例:構造設計、熱設計、流体設計、AI、IoT、データ分析など)技術の詳細(例:特許、開発環境、人材、アルゴリズム、設計書など)技術の競争力(例:他社と比較して独自性、優位性があるか)技術の市場価値(例:市場のニーズやトレンドに合致しているか)このように、自社技術の棚卸しを行うことで、技術戦略の方向性を明確にするための基盤を整備することができます。(3)顧客ニーズ・市場トレンドを調査次に、顧客ニーズ・市場トレンドを調査します。顧客ニーズの把握には、直接的なアンケートやインタビュー、間接的な商品レビューやSNSの分析などが昨今では有効です。市場トレンドの調査には、統計データや専門機関のレポートなど客観的な情報を利用すると良いでしょう。調査内容方法顧客ニーズアンケート、インタビュー、口コミ(SNS)の分析、他市場トレンド統計データ、専門機関のレポート、他これらの情報は技術戦略立案に重要な役割を果たします。顧客ニーズと市場トレンドの分析から特定の技術に対する需要や今後の変化を予測すれば、戦略の方向性を決定するための重要な指標となります。(4)競合他社の技術分析競合他社の技術分析は、自社と他社の技術力の位置関係を把握し、自社の強み・弱みを明確にする重要なステップです。特に、競合他社が優れた技術を持っている場合、それにどう対抗するか、あるいは異なる視点から差別化を図るかの考察は方戦略立案のための参考情報となります。競合の分析を行う方法のひとつとして、特許情報から競合他社の技術動向を読み解くパテントマップなどのフレームワークを利用するのがおすすめです(詳しくは後述)。(5)自社技術の方針を決定ここまでのプロセスを踏まえ、自社技術の方針を決定します。前述の要素(自社技術の棚卸し結果、顧客ニーズ、市場トレンド、競合他社の技術分析結果)を総合的に考慮し、「開発推進すべき技術/撤退すべき技術」を検討しましょう。戦略的に開発していく自社技術が決定したら、これが効果的に機能する施策を考えることも重要です。営業部と技術開発部の連携方法を明確にし、マーケティング方針の検討もすすめます。戦略の中には他社と協業して技術開発を進めるなど、社外で連携を行うケースもあります。5.技術戦略を立案する際に役立つフレームワーク技術戦略を立案する際に役立つ代表的なフレームワークを3つ紹介します。MFT研究開発ポートフォリオパテントマップ(1)MFT「MFT」とは、Market(市場)とFunction(機能)とTechnology(技術)の頭文字を取った言葉で、技術分野における市場分析のためのフレームワークです。MFTを導入すると、開発技術のターゲット市場を明らかにすることができます。MFTを導入する際は、まず検討する自社技術をTechnology(技術)として設定します。ここでは、弊社346で開発した「缶の開栓技術」を考えてみましょう。次に、「缶の開栓技術」が持つFunction(機能)を複数挙げます。機能① 滑らかで安全な切り口で缶をカットできる機能② カットした蓋部分が飲み物に落ちない機能③ 洗練されたデザイン次に、それぞれの機能が活かせるMarket(市場)を検討します。例えば、上記の「機能①滑らかで安全な切り口で缶をカットできる」であれば、以下のような市場で活かせる可能性があります。市場① 飲料缶用途市場② 食品缶詰用途市場③ 金属加工用途このように、MFTのフレームワークでは、ひとつの技術が持つ機能を複数に分解し、さらにそれぞれの機能を市場と結びつけ、発展させるべき技術(機能)を検討することができます。(2)研究開発ポートフォリオ研究開発ポートフォリオとは、自社の研究開発プロジェクトを視覚的に整理・管理するためのフレームワークです。これを活用し、各プロジェクトのリスクとリターンの管理を行ないます。研究ポートフォリオでは、2軸のマトリクスを用いて、要素ごとに各研究開発の価値を検討します。検討する要素の例は以下のとおりです。主な観点評価軸市場の観点・技術の新規性競合の観点・競合優位性自社の観点・開発期間たとえば縦軸に「開発資金」、横軸に「市場における収益」を設定します。そして、それぞれのプロジェクトをこの軸上にプロットすることで、全体像を把握しやすくなります。研究開発ポートフォリオにより、各プロジェクトの関係性、プロジェクトの優先度、または新たな技術開発が必要な領域が明確になります。これは技術戦略を具体的に進める上で非常に重要な情報となります。(3)パテントマップパテントマップとは、特許情報について視覚的に整理するフレームワークのことです。パテントマップにはさまざまな形式があり、特許件数をランキング形式でまとめたり、時系列にまとめたりする場合もあります。なかには、特許の出願件数を課題・解決手段毎にまとめる形式もあります。例えばこの場合は「環境負荷軽減」をプロダクトの形状によって解決する技術特許が48個、配置によって解決する技術特許が86個あることがわかります。パテントマップを使うことで、競争の少ない技術(特許)や、見落とされている技術(特許)を洗い出すことができるでしょう。6.技術戦略の導入事例実際に技術戦略を導入した企業の事例として、富士通株式会社の事例をご紹介します。2021年7月、富士通株式会社は、富士通の技術を以下の5つの領域で重点化すると発表しました。技術領域詳細コンピューター技術・「富岳」などのハイパフォーマンスコンピューティングネットワーク技術・5Gにおける仮想化技術AI技術・自然災害や医療におけるAIの画像診断データセキュリティ技術・ゼロトラストセキュリティモデルデータ価値を社会に融合させる技術行動科学の知見を活用し、人間の行動データーから次の動きを予測する技術また、富士通では技術戦略のひとつとして、インドとイスラエルに拠点を開設することも決定しています。これら地域のエンジニアを採用し、グローバルな研究開発体制を整えていく方針です。このように富士通株式会社が構築した技術戦略では、将来性の高い技術領域で重点的に開発を進め、同時に社内の体制も最適化する方針がとられています(参考:富士通の先進技術を社会課題の解決と事業につなげる--マハジャンCTOが会見|ZDNET)。なお、同社では「設計開発プラットフォーム」も構築するなど、技術開発を推進する仕組みづくりも進んでいます。昨今の製品開発においては、消費電力や耐久性、発熱などの設計条件が厳しく設けられており、全体の調整に時間とコストが発生します。富士通では、こうした課題を解決するため、設計ツール、データ、ノウハウなどを集約するプラットフォームを開発しました。その結果、開発コスト・労力を低下させるだけでなく、開発・設計段階の不具合を早期に発見でき、納期を短縮できたなどの成果を残しています(出典:今野栄一ほか「クラウドベースの次世代ものづくり開発プラットフォーム」|富士通)。7.技術戦略の注意点技術戦略には以下のような注意点もあります。(1)予算ありきで戦略を立てない技術戦略の立案にあたり、まず予算を決定してから戦略を練る、という手順は避けるべきです。予算が先行すると、本来重視すべき技術的な視点が後手に回り、中長期的な視野を失ってしまう恐れがあるからです。例えば、限られた予算の中で開発を進めると、短期的な成果ばかりを追求する傾向になり、将来性のある技術の探求がおざなりになるケースが考えられます。また、予算規模に見合わない大胆な技術開発が躊躇されることで、競争優位性の確保を逃す可能性も出てきます。そのため技術戦略は、まず技術的な視野と市場分析に基づいて立案し、その後に適切な予算配分を考えるのが望ましいといえます。(2)定期的に見直しする技術戦略は一度立てたら終わりではありません。市場の状況や自社の技術力、経済状況などが常に変動することを踏まえ、定期的な見直しが必要となります。具体的には、半年や1年ごとに以下の3点の変化を確認することを推奨します。自社の技術:新たな技術が開発されていないか、既存の技術の進化度はどうか市場動向:消費者のニーズは変化していないか、競合他社の動きはどうか経済状況:経済状況や規制の変化により、技術開発の方向性に変更が必要ないか定期的に見直しを行い、現状に即した戦略を持つことが、企業競争力の維持・成長には欠かせません。技術戦略を学び、長期的な視野で技術開発を進めよう社会の先行きが不透明な”VUCA”と呼ばれる現代において、技術戦略を学ぶことは重要です。技術戦略を導入すると、長期的な視野で技術開発を進めることができ、また技術革新に対する対応力や、競合他社に対する差別化、社内の部署同士の連携などを強化することができます。前述した注意点なども含め、本記事の知見をぜひ、自社の技術開発に役立ててください。Wrriten by 346 inc. with Xaris【商品開発・デザインにお困りの担当者様へ】 ・自社の要素技術を製品化したい… ・自社製品にデザインを取り入れたい… ・ハードウェアの設計者がいない… ・試作検証を短いサイクルで回したい…(株)346では、製品デザイン・設計支援を中心に総合的な支援を提供しております。デザインを取り入れ世界に技術を伝えていきたい、そんな企業様からのご相談もお待ちしております!製造業の経営に関する解説記事製造原価とは?売上原価との違いや計算方法、活用方法などを解説デザインマネジメントとは?デザイン経営との違いや具体的な業務を徹底解説その他の関連記事デザインマネジメントのこぼればなし 第1回 「デザイン組織のいろいろな人々」デザインエンジニア概論 第1回「デザインエンジニアとは」ハードウェアスタートアップのデザイン戦略 第1回「日本の製造業概況」デザイナーが知っておきたい 知財文献紹介【第1回】電池式携帯電話用充電器まんがでわかるインダストリアルデザイン 第1話「インダストリアルデザインってなんだろう?」デザイン漫遊記 ① スティックレー家具346 COMPANY LOG | 創業ストーリー<株式会社346について>346(サンヨンロク)はデザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業です。インダストリアルデザイナー、ハードウェアエンジニア、ビジネスコンサルタントなど様々な専門家で構成されています。346へのデザイン・製品開発依頼はCONTACTよりお問い合わせください。<ものづくりが好きな仲間を探しています>弊社346ではデザイナーやエンジニアを募集しています。興味関心がある方はCAREERSよりお問い合わせください。弊社346では、本記事の連載または出版にご協力いただける企業を募集しています。興味関心がある方はCONTACTよりお問い合わせください。