メーカーでの企画担当をされている人の中には、自社の技術を活用した新商品アイディアをつくりだすのに苦労している人も多いのではないでしょうか。この記事では、新商品開発実績が多数ある弊社の経験に基づき、「アイデアを生み出す際に重要な4つの思考法」「優れた事例」「アイデアを生む手法」「アイデアを評価する手法」などについて解説します。筆者経歴株式会社346 創業者 共同代表 菅野 秀株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他。アイティメディア株式会社の情報ポータル「Monoist」で連載中。新商品開発 アイディアを生む4つのポイント開発する新商品のアイディアを考える際、重要なポイント4つを詳しく解説します。ポイント1:「不」の感情を探索するアイデアを生む1つ目の重要なポイントは商品や社会に対する「不」の感情を探索することです。「不」の感情とは、商品に対する不満や不安、使用した際の不便さ、不可能(できない)など、主に「不」という文字が頭についたマイナスの感情のことです。人は不満や不安が解消されることを望みますので、不の感情を見つけることは顧客ニーズ発見とも言えます。たとえば、弊社346が開発した”ビールを美味しく飲むための缶オープナー”DAVI(ダヴィ)は、既存の缶オープナーを利用する消費者の「既存の缶オープナーは使いづらく、危ない」という不満を解決する視点でアイディアを発想した商品です。カットした蓋が中に落ちず、缶の飲み口を滑らかで安全な形に保てるDAVIは、CAMPFIREで2,200人、1,100万円以上の支援を受け、注目を集めた商品となりました。この例から見るように、「不」の感情には、人々の心を動かすアイディアの種が宿っているのです。ポイント2:質より量を意識する2つ目の重要なポイントは「質より量を意識する」ことです。新商品のアイデアの検討の際は、①アイディアの量を重視する段階と、②アイディアの質を吟味する段階という2つのステップがあります。①の段階では、アイディアの量だけを意識し、アイデア一つ一つの質にはこだわらないようにします。後で手法に関する解説の際にも触れますが、連想的にアイディアを出していく段階で、新たなアイディアを偶然に発見することもあり、1つ1つのアイデアに質を求めてしまうと、この偶然を阻害してしまうからです。商品企画当初から商品の生産コストや常識的な考えに縛られると、自由に発想することができません。自分の思考の枠組みを離れ、より柔軟な発想を促すためにも「できるだけたくさんアイディアを作る」ことを意識することが重要です。ポイント3:分類や整理、図式化する3つ目の重要なポイントは「分類や整理、図式化する」ことです。後述する「マインドマップ」や「パテントマップ」などの手法では、図式化を通じて、アイディア同士を紐づけて連想したり、視覚的にまとめたりしながらアイディアを膨らませていきます。たくさんの無秩序な情報をそのまま記憶したり、そこから何か示唆を得たりするのは難しいです。新たな発見や顧客のニーズに気づくためにも、アイディア同士の関係を分類・整理するといいでしょう。具体的な製品のかたちなどを検討している際には、イメージしているアイディアを「絵」に描くことも重要です。言葉では上手くいえないアイディアも、絵にすると輪郭がつかみやすくなり、他人と共有することも簡単になります。ポイント4:環境を変えて考える4つ目の重要なポイントは「環境を変えて考える」ことです。アイディアは、思わぬところで生まれます。ふとした誰かの言葉に触発されたり、詳しくない世界(業界)の情報からインスピレーションを受けたり、あるいは普段利用しない商品を手にした瞬間に新たな顧客像が浮かんできたりすることもあります。また、外的な環境だけではなく、時間を制限して考えてみたり、ノルマを自分に(会議を行うのであれば参加者に)与えるなど、内在的な環境を変えることも有効です。アイディアを考える際の前提条件や制約が変わると、いつもとは違った角度から考えることが可能になります。優れたアイディアによって新商品を開発した事例では、実際に優れたアイディアを実現した商品とはどんなものでしょうか。以下では事例を3つ紹介します。Snow Peak Home and Camp Burner1つ目の事例はSnow Peakの卓上コンロ「Home & Camp Burner」です。Home & Camp Burnerの最大の特徴は、五徳(コンロの部位の一つで、やかんやフライパンを置く金属製の台のこと)をガス管をセットする本体部分に綺麗に収めることができる点です。持ち運びしやすく、アウトドアで使いやすいHome & Camp Burnerは、五徳を格納するとすっきりしたフォルムになり、使用していない時のビジュアルがとてもシンプルな製品です。コンロは鍋の季節には出番が多いものの、それ以外の期間には棚の中にしまわれる時間が長く、キッチンの収納スペースを長時間うばってしまいます。しかし、Home & Camp Burnerなら、保管に必要なスペースが少なく、棚のうえに置いても部屋のインテリアに馴染みやすい意匠性を有しています。「コンロが収納スペースを奪っていて困る……」という顧客の課題に対し、Home & Camp Burnerは解決策を提示しているわけです。「五徳を本体に格納する」というアイディア自体が非常にユニークですが、様々なシーンでの活用を期待できるHome & Camp Burnerは、幅広いユーザーのニーズに応えられる優れた商品だといえます(参考:Home & Camp Burner|Snow PeakSnow Peak)。Anker Power core Fusion シリーズ2つ目の事例はAnkerのコンセント一体型モバイルバッテリー「Power core Fusion 10000」です。一般的な出力の充電器より最大で3倍速く充電できるUSB急速充電器の機能を持ちながら、モバイルバッテリーとしても使えるFusionは、約10,000mAhの容量があり、iPhone13を約2回満充電することができます。「USB急速充電器を使いたい」「モバイルバッテリーを使いたい」という別々のニーズを1台の製品で満たすFusionもまた、優れたアイディアによって生まれた商品だといえます(参考:Anker PowerCore Fusion 10000|Anker)。WHILL Model C3つ目の事例はWHILLの次世代型電動車椅子「WHILL Model C」です。免許不要で歩道でも走行できるWHILL Model Cは、オンライン調査で利用者の96%が「他の人にもお勧めしたい」と回答した非常に満足度の高い小型モビリティです。高い走破性を持ち、半径75cmの範囲で旋回できるので、歩行に課題を抱える人でもスーパーや病院などの狭い通路や段差を楽に移動することができます。また、本体を3分割にしてセダンサイズの車にも積むことができ、「モビリティを車に積んで、出先でもモビリティを使いたい」という顧客のニーズにも応えています。それ以外にも、顧客のQOLを向上させるために様々な点でこだわり抜かれているWHILL Model Cは、ニーズに寄り添う商品開発のお手本といえる商品でしょう。(参考:WHILL Model C|WHILL)。新商品のアイディアを生む3つの手法上記のように優れた商品の開発を行うには、アイディアを発想する手法を活用するといいでしょう。ここでは、新商品開発のアイディアを発想する3つの手法を紹介します。① ブレインストーミングアイディアを発想する1つ目の手法はブレインストーミングです。ブレインストーミングとは、集団でアイディアを生むフレームワークのことです。ブレインストーミングの会議に参加するメンバーは、一定のルールに従い、思いつくままアイディアを出し合います。アイディアを量産することが目的の”ブレインストーミング”は、挙がってきたアイディアを吟味したり、実用できるか判断したりする”収束型の会議”とは全く異なるので注意しましょう。表.ブレインストーミングと収束型の会議の違いブレインストーミング収束型の会議アイディアの量を意識するアイディアの質を意識する遊び感覚で、非日常的な雰囲気で話し合いを楽しめるように行う論理的かつ効率的に話し合いを進行する形式やルール、立場、時間などの制約を緩め、会議内で結論を求めない時間内に結論を導くまた、ブレインストーミングでは、参加者が萎縮せず自由にアイディアを出し合える空間をつくるため、以下のような一定のルールを設けます。立場をフラットにする参加者の発言を否定しないプレッシャーを与えたり、発言のハードルを上げることをしない冗談を禁止しない声の大きな人だけ発言しないよう、多くの人の発言をもらうブレインストーミングを行うと、参加者同士でアイディアを膨らませることができ、効率的に多くのアイディアを生み出すことができます。② マインドマップ2つ目の手法はマインドマップです。アイディアや思考プロセスを視覚的に記載していくマインドマップを使うと、アイディア同士の関係を「みえる化」することができ、二次元的に情報の整理を行うことができます。使用する際は、中央から外側に向かって枝分かれしていくように言葉を記載していきます。そのため、はじめに主要テーマとなる概念(開発したい商品など:たとえば「缶オープナー」)をマインドマップの中央に置き、次にサブテーマ(「安全性」「操作性」「衛生」「デザイン」など)を派生的に追加し、さらに詳細を深堀していきます。こうしたマインドマップの手法では、連想的に言葉を書き込んでいく過程で、はじめは思いつかなかったアイディアにたどり着くことができます。③ チェックリスト法3つ目の手法はチェックリスト法です。チェックリスト法は、前述したブレインストーミングの生みの親、アレキサンダー・F・オズボーンが考えたフレームワークです。チェックリスト法では、あらかじめ用意されたチェックリストの項目を参考にしながらアイディアを作り出していきます。具体的には以下のチェックリストに沿ってアイディアを膨らませていきます。表.チェック項目一覧チェック項目概要転用新しい使い道を模索したり、他分野で適用したりできないか検討する応用既存の商品や過去の商品のうち、似た商品を探してみて、真似できるポイントを探す修正色や線、動き方、匂い、スタイルなど各要素を変える拡大(追加)大きくしたり、高くしたり、長くしたりする縮小(省略)低くしたり、軽くしたり、分割したり、省略したりする代用材料や素材、製法などで代用できるものがないか検討するアレンジ製品の構成要素やパターン、原因や結果を入れ替えて考える逆にするマイナスをプラスにしたり、上下左右を逆にしたり、役割を逆にしたりする組み合わせる目的やアイディア、他の要素を組み合わせるチェックリスト法に似た手法としては、トリーズ(TRIZ)が挙げられます。トリーズの場合は、40の発明原理を活用して、アイデアの創出をすすめます。新商品のアイディアを評価する3つの手法最後に、創出した新商品開発のアイディアを評価する3つの手法を紹介します①パテントマップアイディアを評価するための1つ目の手法はパテントマップ(特許マップ)です。パテントマップとは、特許情報を整理し、分析を加え、その結果をブラフや図などで視覚的に記述するフレームワークのことです。特定の技術分野の特許出願件数をランキング形式でビジュアル化したり、時系列に沿って業界の流行などを分析・まとめたりするなど、パテントマップには様々な形式があります。例えば、パテントマップには、特許の出願件数を特定の課題・解決手段ごとに整理する形式もあります。その場合は、横軸に課題、縦軸に解決手段となる技術の項目を設定し、交叉する点に特許の出願件数をまとめていきます。この方法を使用すると、例えば「環境負荷軽減」という課題に対して、形状に関する技術特許が〇〇個、配置に関する技術特許が〇〇個あるなど把握できます。それらの中にヒントとなる技術特許がないか探したり、比較的競合が少ない領域を検討することができます。参照:特許情報分析による中小企業等の支援事例集|独立行政法人 工業所有権情報・研修館このようにパテントマップは「たくさんのアイディアのうち、特に市場価値の高いアイディアはなにか」を検討するのに役立ちます。②QFD(Quality Function Deployment)2つ目の手法はQFD(Quality Function Deployment)です。QFDとは、顧客ニーズを商品開発に反映させるためのフレームワークのことです。QFDでは、まず顧客ニーズの調査を行い、商品開発に関する情報や業務、必要な技術特性などを明らかにします。QFDでは、定められたステップに沿って段階的に商品開発を行います。なかでも最も重要だといわれる「品質表」の作成ステップは以下のとおりです。品質表の作り方:顧客が要求する品質(要求品質)をまとめる技術的に必要な品質の特性(品質特性)をまとめる要求品質と品質特性の相関分析を行い、必要な技術特性を明かにする自社と競合他社の技術レベルを評価し、製品のコンセプト(企画品質)と開発目標(重要要求)を明らかにする企画品質と重要要求をもとに、具体的な開発仕様(設計品質)を設定する③ 狩野モデル3つ目のフレームワークは狩野モデルです。QFDと同様、品質と顧客満足度の関係を重視する狩野モデルでは、品質の要素を以下の5つに分類し、開発する商品の検討を行います。表.6つの品質要素品質要素概要魅力的品質要素提供できれば顧客に満足を与えられるが、提供できなくても不満を与えない要素一元的品質要素提供できれば顧客に満足を与えられ、提供できなければ不満を与える要素当たり前品質要素提供できても当たり前だとみなされ、提供できなければ不満を与える要素無関心品質提供できてもできなくても顧客の満足度に影響を与えない要素逆品質提供してしまうと逆に満足度が下がってしまい、提供しない方がかえって顧客が満足する要素狩野モデルを使うと、開発する商品の要素を適切に吟味でき、必要な品質要素の開発に注力することができます。まとめ様々な方法論や事例を紹介しましたが、万能的に使えるアイデア発想法や評価方法はありません。企画状況やチームによって使いやすさや効果が変動しますし、個人においても得意不得意があります。したがって、一つのやり方にこだわらずたくさんの方法論の引き出しを持つのが重要です。また、他にもアイディアを効率的に生産したり、顧客ニーズとの関係を整理したりするフレームワークはたくさんありますので、調べてみて自分にあったものをぜひ活用ください。まずは、自分やチームにあった方法を身に着け、優れた商品に触れる機会を増やすといいでしょう。Wrriten by 346 inc. with Xaris【商品開発・デザインにお困りの担当者様へ】 ・自社の要素技術を製品化したい… ・自社製品にデザインを取り入れたい… ・ハードウェアの設計者がいない… ・試作検証を短いサイクルで回したい…(株)346では、製品デザイン・設計支援を中心に総合的な支援を提供しております。デザインを取り入れ世界に技術を伝えていきたい、そんな企業様からのご相談もお待ちしております。製品開発に関する解説記事新商品開発の基本プロセスとおすすめのフレームワーク3選工業製品開発の基本フレームワーク解説:新商品開発に役立つ手順3パターン関連記事デザインマネジメントのこぼればなし 第1回 「デザイン組織のいろいろな人々」デザインエンジニア概論 第1回「デザインエンジニアとは」ハードウェアスタートアップのデザイン戦略 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