新着記事はTwitterでご連絡いたします。下記URLから是非ご登録ください。Twitter: https://mobile.twitter.com/346design近年、デジタル技術の急速な進展はあらゆる産業の革命を促進しています。中でも自動車産業は、モデルベース開発(MBD)のような新しいアプローチを積極的に取り入れ、製品開発の効率と品質を飛躍的に向上させています。しかし、デザインの領域においては、デジタル技術がもたらす影響は一筋縄ではいかないものとなっています。そこで、この記事ではMBDやその他のデジタル技術が自動車デザインに及ぼす可能性と限界について、深く掘り下げて考察していきます。筆者経歴株式会社346 デザインコンサルタント 我妻 亨37年間自動車会社のデザイン組織に勤務。内装デザインに6年間従事したのち、デザインのマネジメントの関わる業務に携わる。デザイン調査・企画、デザイン意思決定、デザイン総務、デザイン人材育成、課題解決などに従事。その間海外駐在、デザインコンサルタント会社出向、企画統括部異動など本体周辺部門での業務も経験。MBDって何? 自動車デザインを「作る」デジタル技術についてお話する前に、自動車開発領域全体のトレンドについて説明します。昨今ではMBD(モデルベース開発/モデルベースエンジニアリング、以下MBDと記します)という言葉をよく耳にします。モデルベース開発(Model Based Development=MBD)とは、シミュレーション技術を活用した開発手法のことであり、様々な現象をシミュレーター上で可視化し、開発及び検証を行う方法。ここでの「モデル」という言葉はプラモデルのように実態があるモノではなく、数学や物理の中で出てくる「数理モデル」のような事だと思ってください。MBDは種々膨大なデータを基にコンピュータの中でシミュレーションを行いながら製品開発を進める技術です。例えば自動車の衝突実験を例に挙げると、かつては試作車を作ってそれを実際に衝突させてデータを取って不足の部分があればそこを修正していました。実験は1回で終わるのではなく、ぶつけるスピードの違いやぶつかる向きの違い毎に試作車を作っていたので膨大な費用と時間と手間がかかっていました。それがモデルベースエンジニアリングではシミュレーション技術の発達によって色々なパターンの実験が行え、合わせて衝突が始まってつぶれるまでの形状変化をアニメーションで見ることができるようになります。 衝突のような物理的なシミュレーション以外にも車室内の空気の流れを分析して快適性の向上につなげることに応用したり、自動運転に関する各種のシミュレーションに活用されて成果を上げています。MBDを導入することにより開発の手戻りが少なくなる、勘や経験による開発から脱しデータの蓄積が行える、開発日程縮小や開発経費の削減といったメリットがあります。自動車デザインを作るデジタル技術 自動車デザインとMBD(モデルベース開発)の関係に話しを移します。まずは、自動車デザインにMBDが活用できるのか?と点について。デザイン開発の現場では、シミュレーションで仕向け地ごとの市場環境にアイディアを置いてみたり、道路を走行する様子の動画を作ったり、競合他社と比較したりという事を実物大のクレイモデル制作の前工程に実施しています。しかし、これは単純なシミュレーションであって、MBDで定義されているような設計されたモノが及ぼす最終結果まではシミュレーションできるものではありません。その理由は、デザイン(意匠)の最終判断には「好き/嫌い」といったような感性要素が大きく働くことにあります。例え、成功したデザインの要素分析をしたとしても、分析された要素を単純に集めていいデザインを作るのが現状では困難であり、このことは部品開発などとは大きく異なります。では、デザイン制作にデジタル技術が使われていないのかというと、そうではありません。以前にデザインを「決める」道具としてデジタル技術がいろいろと活用されている事例を紹介したように、デザイン制作にも前述以外の様々なデジタル技術が使用されます。現在はデザイナーの発想を2次元のスケッチにして、それを基にデータを作りそのデータから3次元のモデル制作や走行シーンの動画制作しています。これも、かつて(おおよそ30年ほど前)は、デザイナー自らが自分のスケッチを基にテープドローを引いて形状やサイズを確定、そこからモデラーが数値化し、クレイモデルでデザイナーが考える形状を再現していました。走行シーンのシミュレーションなどはなく各自が想像していたわけです。モデルを作るのも現在ではデジタルツールでスケッチを描き、そこからデータを作り、そのデータを切削機に入力することで一晩でフルサイズのクレイモデルの粗削りが終わります。夕方データを入力して朝出社するとおおよその形状ができています。その後のモデル計測も、かつてはモデラーが計測器の針を接触させ数値を読み上げていたのが、レーザーの計測器で数分でデータ化することが可能になりました。今まで1週間程度かかっていたデザイナーのアイディアの再現がほぼ1日でできるようになったのです。デジタル技術がデザインを作る現場に導入されたことで、デザイン制作がスピードアップされ開発期間を短縮され、アイディアをブラッシュアップする回数も増えました。(一方で開発プロセス各ステップがシームレス化されたので皆さん忙しくなっているし、失敗がしずらくなっているという背景もあります…)これらの変化は、かつて「作品」の様な扱いであったデザイナーのスケッチが、「データ」になったことで開発の様子が変化したとも言い換えられます。デジタル化できないデザイン領域ここまでデザイン開発の中でデジタル技術がどのように使われているかの事例を紹介しました。ここからはデジタル化できないことについて考えてみます。デザイン開発業務には、エクステリアやインテリアなどの形状検討だけでなく、その他、カラー/マテリアル/フィニッシング(以CMFと略します)やUX/UIの領域の業務もあります。形状は、外形寸法や部品配置のように経験や感覚とは無関係に数値化できる部分においては、デジタル化の対応が容易です。「このキャラクタラインをあと3ミリ上げる」といった具体的な指示があれば、これもデジタル対応が可能です。しかし、「もう少し滑らかに」とか「シュッとした感じ」という指示は、この言葉のままではデジタル対応は不可能で、経験豊かなデザイナー/モデラーによる数値化が間に必要となります。CMFは、特にデジタル化が難しい領域です。色そのものは「RGB」や「CMY」という風に数値化出来て計測や再現ができるかもしれませんが、自動車のボディの面はまっ平ではなく複雑な形状をしている上に色々な方向を向いていますし、天気や地域によって色の見え方は一定ではありません。そして、決定的なのは同じ色味でも人それぞれ感じかたが異なるという事です。したがって、カラー開発ではデザイナーの経験値が必須であり、決定後の色管理で初めてが活用されるというのが現状です。素材の開発・決定についても同様です。シミュレーションではなく現物のサンプルを用意して、実際に触りながら論議しています。仕立て(フィニッシング)もデジタルでの再現は困難です。隙間が何ミリという単純な事ではなく、複合された素材が組み合わさったときの見せ方をどうするかなど、人の目線の方向や文化の違いも考慮した開発が必要だからです。なお、これらの延長として、数値化できない(デジタル対応できない)品質領域の課題を扱う考え方として「感性品質」という概念が注目されています。最後に/変わった事と変わらない事モデルベース開発という自動車業界で最近話題になっている技術から話を始めたので遠回りになりましたが、本寄稿ではデザインを作る道具としてのデジタル技術について解説いたしました。デザインを「決める」場というのは、ある種のシミュレーションの場でありデジタル技術の導入が進んでいます。一方デザインを「作る」場というのは感性の領域が大きく、現物を見ながら仕事を進めるというやり方が多く残り、デジタル技術と手わざの併用という状態がまだまだ続くと思います。「記号接地」という認知科学の領域の言葉があります。これは、「ことば」と「実体」の結びつきの事を意味します。デザインは色々な感性や経験から生み出され、色々な文化や環境の中で色々な好みのお客様に選ばれるものなので「ことば」(デザイン表現)はひとつの方法から生まれるのではないし、ひとつの感じ方で受け取られるものではないと感じます。筆者個人としては、色々な作り方が残ってほしいと願っています。(注1) すべての企業がここに書かれているとおりのことを実施しているとは限りません。企業の歴史や業態によっていろいろな違いがあることをご了承ください。(注2) ある製造業のインハウスデザイン組織についての記述ですが、秘匿にかかわる事例は避け、現時点で共有できる範囲にとどめてあります。【商品開発・デザインにお困りの担当者様へ】 ・自社の要素技術を製品化したい… ・自社製品にデザインを取り入れたい… ・ハードウェアの設計者がいない… ・試作検証を短いサイクルで回したい…(株)346では、製品デザイン・設計支援を中心に総合的な支援を提供しております。デザインを取り入れ世界に技術を伝えていきたい、そんな企業様からのご相談もお待ちしております。関連記事デザインマネジメントのこぼればなし 第1回 「デザイン組織のいろいろな人々」デザインエンジニア概論 第1回「デザインエンジニアとは」ハードウェアスタートアップのデザイン戦略 第1回「日本の製造業概況」デザイナーが知っておきたい 知財文献紹介【第1回】電池式携帯電話用充電器まんがでわかるインダストリアルデザイン 第1話「インダストリアルデザインってなんだろう?」デザイン漫遊記 ① スティックレー家具346 COMPANY LOG | 創業ストーリー<株式会社346について>346(サンヨンロク)はデザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業です。インダストリアルデザイナー、ハードウェアエンジニア、ビジネスコンサルタントなど様々な専門家で構成されています。346へのデザイン・製品開発依頼はCONTACTよりお問い合わせください。<ものづくりが好きな仲間を探しています>弊社346ではデザイナーやエンジニアを募集しています。興味関心がある方はCAREERSよりお問い合わせください。<連載メディアを募集しています>弊社346では、本記事の連載または出版にご協力いただける企業を募集しています。興味関心がある方はCONTACTよりお問い合わせください。