バックキャスティングとは、現状の課題やリソースなどの制約にとらわれず、「あるべき未来の姿」を描く思考法のことです。バックキャスティングの考え方を身に着ければ、企業の中長期的なビジョンの設計やブランディングを行う際に非常に役立ちます。この記事では、バックキャスティングの概要や特徴、導入方法、具体的な事例などについて解説します。バックキャスティングに興味のある方は是非ご参考下さい。筆者経歴株式会社346 創業者 共同代表 菅野 秀株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他。アイティメディア株式会社の情報ポータル「Monoist」で連載中。1. バックキャスティングとはバックキャスティングとは、現在の状況にとらわれず、「あるべき未来の姿」を描く思考法のことです。1970年代に、環境問題を分析する手法として生まれました。バックキャスティングでは、現状の延長線上にある未来に縛られるのではなく、自由な発想によって未来のビジョンを描く点が大きな特徴です。バックキャスティングは、10年以上にわたる長期的な目標を実現する際などに活用されます。代表的な活用例としては、SDGsや、環境問題に取り組む活動での計画策定の場などが挙げられます。地球環境の問題のように、非常に重要な課題ではあるものの、具体的かつ有効な解決策をすぐに検討するのが困難な状況において、バックキャスティングの考え方は有効であるといわれています。また、企業においては、中長期的な経営計画の策定をする際などにも用いられます。不確実性の高い現代において、顧客ニーズに対して柔軟に対応しつつ、一貫性のある独自の企業価値を高めていくためには、バックキャスティングを活用した「未来のあるべき姿(=ビジョン)」の存在が欠かせません。そして、企業のブランディングを行う際などは、バックキャスティングによる未来視点が役立ちます。一方、後述するとおりバックキャスティングにはデメリットもあるので、導入する際は注意が必要です。(1)フォアキャスティングとバックキャスティングバックキャスティングについて理解を深めるためには、対となる「フォアキャスティング」の理解が重要です。フォアキャスティングとは、過去と現在のデータやトレンドに立脚し、実現可能な解決策を積み上げて問題解決を図る思考法のことです。現状の制約を考慮せず未来のビジョンを描くバックキャスティングと違い、フォアキャスティングでは、過去や現状を重視し、現在と地続きの未来を想定します。バックキャスティングとフォアキャスティングの違いは、以下のとおりです。【バックキャスティングとフォアキャスティングの違い】バックキャスティングフォアキャスティング概要・現状の制約こだわらず自由に未来を発想する方法・過去や現在のデータ・トレンドを基に問題解決を図る方法特徴・過去/現在の因果関係から離れて自由なアイディアを生むことができる・過去/現在の因果関係に立脚して堅実なアイディアを生むことができ、周囲の理解を得やすいこのようにフォアキャスティングには、過去や現在のデータに立脚し、堅実なアイディアを生むことができるメリットがあります。そのためバックキャスティングによって「あるべき未来の姿」を思い描いた後に、フォアキャスティングによって実行可能な施策を検討する、といった形で2つのフレームワークを並行して使うこともあります。状況に即してバックキャスティング/フォアキャスティングを使い分けましょう。(2)バックキャスティングによくある誤解|理解する上でのポイント「バックキャスティングとは、未来から逆算して現在の課題を考えるアプローチのことだ」と語られることがあります。その解釈は一部正しいのですが、バックキャスティングの本質は「未来から逆算して現在の課題を考える」プロセスの前の段階にあります。というのも、バックキャスティングの価値とは、未来と現状と切り離し、未来を自由に想像する点にあるためです。逆算可能な未来を想定することで、現在と未来を地続きに考えてしまうと、バックキャスティングの価値を捉え損ねる可能性があります。そのため、最も重要な「あるべき未来の姿をイメージする」プロセスの後に、「未来から逆算して現在の課題を考える」というプロセスがあると理解することが重要です。(3)製品開発におけるバックキャスティングイノベーションの創出を狙う製品開発においても、バックキャスティングは重要な視点になります。なぜならイノベーションとは社会にまだ存在しない新しい価値を生み出すことであり、そのためには過去のデータだけではなく、未来の製品や社会の姿が先つべきだからです。また、バックキャスティングによって創出したビジョンには、部門間の連携を強化する効果も期待できます。新製品のコンセプトを創出するチームや、量産体制を構築するチーム、営業体制を構築するチームなど、さまざまな部門において共通の未来像(ゴール)を共有することができれば、意思決定・合意形成をよりスムーズに行なえる可能性があります。2. バックキャスティングのメリットバックキャスティングのメリットは、以下のとおり3つあります。新たなアイディア・発想が生まれやすい正解のない課題に対してアプローチしやすい中長期的な視点で現在の取組を再検討できる(3)新たなアイディア・発想が生まれやすいバックキャスティングは、いったん現状を度外視して未来を思い描くことを前提としています。現状にしばられない状態であれば、自由な発想・アイディアを促すことができます。また、検討の場はポジティブな雰囲気であることが多く、フォアキャスティングで考えるよりもより多くの具体的な手段や戦略を多く生み出しやすいとされています。(2)正解のない課題に対してアプローチしやすいバックキャスティングは、正解を出すのが困難な課題に対してアプローチしやすい思考です。なぜなら、正解を出すのが困難な課題は過去にも解決した例が存在しない課題であることが多く、過去のデータや経験に基づくフォアキャスティング思考は不向きなためです。規模が大きな問題や不確実性が高い問題、誰も答えを持っていない問題を考える際は、「あるべき姿」を思い描くバックキャスティングの思考を導入すれば、解決の糸口がつかめるかもしれません。(3)中長期的な視点で現在の取組を再検討できるバックキャスティングは、中長期的な視野を持つ思考方法です。そのためバックキャスティングに立脚すれば、中長期的な視野では価値が低い現在の取り組みや手段の見直しや、その中から新たな価値を発見できる可能性があります。3. バックキャスティングのデメリット一方、バックキャスティングには以下の23つのデメリットがあります。現実とかけ離れすぎてしまう恐れがある短期的な課題解決に向かない(1)現実とかけ離れすぎてしまう恐れがあるバックキャスティングは、理想的な未来を起点にして考える方法なので、でてきたアイデアが現実とかけ離れすぎてしまう可能性があります。そのためバックキャスティングによって「あるべき未来の姿」を描いた後は、ゴールへ向けたプロセスを現実的なものに調整していく必要があります。調整する際は、従業員たちが共感・納得できるビジョンまたはプロセスであることを確認する必要があります。取り組みを行うのは従業員であり、彼らが「この取組であるべき未来を実現したい」と思えなければ、未来像は価値を持たないものになります。(2)短期的な課題・目標が明確な課題の解決に向かないバックキャスティングは、短期的な課題や、目標が明確な課題の解決には向きません。なぜなら、数値的な目標がはっきりしている課題や、すぐに利益に直結する取り組みについて検討する際は、過去の経験やデータを活用した方が確実性が高く、迅速に対応できる可能性が高いためです。バックキャスティングは、あくまで長期的な目標や、解決策が曖昧な目的について検討する際に用いることをお勧めします。4. バックキャスティングの具体的なやり方バックキャスティングを取り入れる方法は様々解説されていますが、ここでは、取り入れやすい基本的な方法を紹介します。あるべき未来の姿を描く課題を洗い出す必要な取り組みを検討する実行計画を策定する(1)あるべき未来の姿を描くバックキャスティングを行う際は、まず「あるべき未来の姿」を描きます。「いつ」「どのような姿」かをできるだけ具体的にします。例えばトヨタが行なったバックキャスティングでは、2050年に、グローバル販売する新車の平均走行時CO2排出量を90%削減する、というビジョンを描いています(参考:TOYOTA HP)。必ずしも数値化したビジョンを描く必要はありませんが、できるだけ具体的な未来を描けると良いとされています。繰り返しますが、重要なのは現状のリソースや条件に縛られないことです。このプロセスにおいては、実現する可能性にこだわらず、理想と思えるアイディアをどんどん膨らませましょう。(2)課題と可能性を検討する次に、「あるべき未来の姿」と「現状」のギャップを検討します。このプロセスでは、「あるべき未来の姿」を実現するための取組で生じるであろう課題を洗い出していきます。ここでいう課題とは、例えば、人的リソースの不足や、資金の不足、スキルの不足、時間の不足などが挙げられます。その後、課題解決のために活かせる「強み」も洗い出します。この時、自社の強みを検討すると同時に、他社の強みや、地政学的な強み、他組織とのパートナーシップのも可能性も挙げていきます。このプロセスによって、「あるべき姿」の実現に向けた取組で生じる課題と自社の強みを照らし合わせ、取組の実現可能性を検討することができます。(3)具体的な取り組みを検討する次に、具体的な取り組みを検討していきます。ポイントは、取組のアイデア出しの場では可能な限り多くのアウトプットを促すことです。(1)のプロセスと同様、取り組みの効果や実現可能性にこだわりすぎず、多くの意見が集まるような雰囲気づくりが重要となります。ある程度の量の意見が集まったら、取り組みを種類ごとにグルーピングします。もしここで足りない種類の取り組みがあれば、追加で検討をします。限られた視点にとらわれず、多角的な視点から必要な取り組みを考えることが推奨されます。(4)実行計画を策定する具体的な取り組みが決まったら、時間軸に沿ってそれぞれの取り組みを整理し、実行計画を策定します。例えば、2023年にやること、2024年にやること、2025年にやること……と年単位で整理します。実行計画を立案するなかで新しい取り組みのアイディアが浮かぶこともありますので、その際は適宜補っていきましょう。5. バックキャスティングの導入事例バックキャスティングが導入された事例として、以下の3つを紹介します。トヨタ三菱電機富士フィルム(1)トヨタ2015年10月、トヨタは「トヨタ環境チャレンジ2050」という6つのチャレンジを発表しました。販売する新車のCO2削減や、工場から排出されるCO2削減、水使用量・排水の適正化など、トヨタの環境問題に対する目標(チャレンジ)が掲げられています。目標の具体的な内容としては、以下のとおりになります。【トヨタ環境チャレンジ2050】名称概要新車CO2ゼロチャレンジ2050年に、グローバル販売する新車の平均走行時CO2排出量を90%削減するライフサイクルCO2ゼロチャレンジライフサイクル視点で、材料・部品・モノづくりを含めたトータルでCO2排出ゼロを目指す工場CO2ゼロチャレンジ2050年までにグローバル工場CO2排出ゼロを目指す水環境インパクト最小化チャレンジ各国地域事情に応じた水使用料の最小化と排水の管理に取り組む循環型社会・システム構築チャレンジ日本で培った「適正処理」やリサイクルの技術・システムのグローバル展開に向けて、2016 年から2つのプロジェクトを開始する人と自然が共生する未来づくりへのチャレンジ自然保全活動を、グループ・関係会社から地域・世界へつなぎ、そして未来へつなぐために、 2016 年から3つのプロジェクトを展開(参考:トヨタ自動車、「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表|TOYOTA)「トヨタ環境チャレンジ2050」は、持続可能な企業活動の在り方を未来視点で提示している点で、バックキャスティングの代表例といえます。(2)三菱電機2007年、三菱電機は環境経営における長期目標の「環境ビジョン2021」を策定・発表しました。「環境ビジョン2021」とは、「低炭素社会の実現に向けた貢献」を目標に、2021年までの長期ビジョンと、3年ごとの中期計画を立て、事業に反映させていく取り組みです。具体的には、以下のような取り組みを行いました。エネルギー効率の高い製品・サービスの開発製品製造におけるCO2の削減、製造ラインの改善ユーティリティ機器の高効率化太陽光発電の導入この「環境ビジョン2021」では、バックキャスティングによって長期ビジョンを策定し、フォアキャスティングによって具体的な取り組みが検討されました。今後は、海外における製品開発・生産でも、循環型社会を形成するための取り組みを実施していく予定だと伝えられています(参考:もう一段高いレベルの環境経営 三菱電機技報|南原智彦)。(3)富士フィルム富士フィルムでは、企業が果たす社会的な責任(CSR)に対する期待が高まっていることを鑑み、2030年までの長期目標「Sustainable Value Plan 2030(SVP2030)」を策定しました。このSVP2030では、「環境」「健康」「生活」「働き方」の4分野において、SDGsやパリ協定などのグローバルな目標に貢献することが目的として掲げられています。具体的には、以下のような取り組みを行っていくといいます。【Sustainable Value Plan 2030(SVP2030)】環境・気候変動への対応・資源循環の促進・脱炭素社会の実現を目指したエネルギー問題への対応・製品/化学物質の安全確保健康・メディカルニーズへの対応・医療サービスへのアクセス向上・疫病の早期発見への貢献・健康増進、美への貢献・健康経営の推進生活・安心、安全な社会づくりへの貢献・心の豊かさ、人々のつながりへの貢献働き方・働きがいにつながる環境づくり・多様な人材の育成と活用富士フィルムは、上記に加えて、サプライチェーン全体で環境や人権に配慮した基盤づくりや、ガバナンス体制の改善も進めていくと発表しています。なお、富士フィルムの公式HPでは、SVP2030の策定時は、フォアキャスティングではなくバックキャスティングによって目標設定を行ったと明記されています。バックキャスティングを導入した結果、よりチャレンジングな施策の策定と実施に成功したと説明されています(参考:CSR計画 計画立案の背景|富士フィルムホールディングス株式会社)。6. 製造業の課題なら346にご相談くださいバックキャスティングは、現在の状況にとらわれず、自由にアイディアを発想する際に役立つ考え方です。特に、中長期的な目標・ビジョンのために取り組みを行う際は、バックキャスティングを導入することをお勧めします。「自社のビジョンをもっと魅力的なものにしたい」「未来視点であるべき製品を開発したい」という製造業の方は、346にお問い合わせください。弊社346はデザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業です。企業のブランディングやビジョンの設定でお困りの際はご連絡ください。346はデザイナーやエンジニア、ビジネスコンサルタントなど様々な専門家で構成されており、製造業のお悩みに対して総合支援を行うことが可能です。無料相談も行っているので、お気軽にご相談・お見積り依頼ください。株式会社346について 【会社概要】 会社名:株式会社346 本社:〒370-0059 群馬県高崎市椿町24-3(2F) 東京営業所:〒184-0012 東京都小金井市中町2-24-16 農工大・多摩小金井ベンチャーポート 202号室 (東京農工大学小金井キャンパス内) 代表者:三枝守仁 設立:2017年7月21日 URL:https://346design.com/ 事業内容: デザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業。グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)をはじめとし、国内外問わず多くの受賞実績を持つメンバーで構成され、大企業やスタートアップ企業向けの実績多数。企画、デザイン、設計、量産まで、製品開発にかかわる支援をワンストップで提供。デザインに関する解説記事身近なユニバーサルデザインの事例13選!珍しいケースや歴史もユニバーサルデザインの7原則とは?事例やバリアフリーとの違いもデザイン経営とは?成功事例や効果的な実践方法をわかりやすく解説製品試作の製作と評価:品質を向上させるための試作品の基本プロセスと活用メリットプロダクトデザインの料金の相場は?内訳や事例、依頼時の注意点も解説デザインマネジメントとは?デザイン経営との違いや具体的な業務を徹底解説デザインレビューとは?目的や製品開発を成功に導く効果的な進め方を解説<株式会社346について>346(サンヨンロク)はデザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業です。インダストリアルデザイナー、ハードウェアエンジニア、ビジネスコンサルタントなど様々な専門家で構成されています。346へのデザイン・製品開発依頼はCONTACTよりお問い合わせください。<ものづくりが好きな仲間を探しています>弊社346ではデザイナーやエンジニアを募集しています。興味関心がある方はCAREERSよりお問い合わせください。弊社346では、本記事の連載または出版にご協力いただける企業を募集しています。興味関心がある方はCONTACTよりお問い合わせください。