国内の製造業は様々な課題を抱えています。従来から指摘されていた「人手不足」「人件費の上昇」に加え、「DX化の遅れ」など近年新たに指摘されている課題もあります。小さな視点でみれば企業独自の課題に見えても、大きな視点でみれば殆どが他社と共通の課題、あるいは類似の課題であることも少なくありません。社会情勢を背景として流行的に発生する課題もある為、業界の最新情報に基づき、自社が抱えている課題の理解を深めることも重要です。この記事では、製造業の現状やよくある課題、解決策、及びこれに関連するDXについて解説します。製造業に関わる方々で、現在類似の課題を抱えている方やこれらテーマに興味がある方は是非ご参考ください。筆者経歴株式会社346 創業者 共同代表 菅野 秀株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他。アイティメディア株式会社の情報ポータル「Monoist」で連載中。1. 製造業の現状課題とその解決策について触れる前に、まずは国内外の製造業の現状について解説していきます。サプライチェーンのリスク日本における国際的競争力の低下脱炭素や人権保護等、社会的価値観の変化の影響(1)サプライチェーンのリスク新型コロナウイルスの感染拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻などの社会情勢は、製造業のサプライチェーンに多くの影響を及ぼしました。経済産業省では、このほかにも、気候変動などの長期リスクや、エネルギー高騰などの中期的リスク、個別の企業が抱えるサイバー攻撃など、さまざまなリスク要因が製造業のサプライチェーンに存在すると指摘しています。こうしたさまざまなリスクの内、製造業に与え得るリスク要因が下図に示されています。(引用:2023年版ものづくり白書 p.144|経済産業省)リスクの多くは予測困難なものですが、リスクの高い地域での生産の抑止や、複数の生産拠点の確保など、リスクヘッジのための取り組みをはじめた企業も少なくありません。グローバルサプライチェーンの見直し、BCP(Business Continuity Plan:事業継続性)を検討を開始した企業も少なくありません。(2)日本における国際的競争力の低下昨今、日本の製造業は国際的な競争力が低下していると指摘されています。特にコスト面での競争力が低下しており、人件費が安い新興国の生産拠点拡大が今もなおすすんでいます。経産省のデータによると、日本が製造する主要な製品品目のうち、世界シェア60%以上の品目数は220個。この数字は、アメリカやヨーロッパ、中国と比較しても大きいものであり、特に部品や素材に関しては、今もなお国際的に高い競争力をもっています。しかし一方で、売上が1兆円以上の品目の数は他国と比較して少なく、自動車や家電など最終製品の国際市場シェアは過去より低下しているといえます。(引用:2023年版ものづくり白書 p.146|経済産業省)(3)脱炭素や人権保護等、社会的価値観の変化各国の事業活動においては、経済的合理性の追求だけでなく、社会的な価値観の変化を踏まえた取り組みが求められています。特に、「脱炭素」や「人権保護」はその代表的なテーマとして注目されています。製造業においても、「脱炭素」の観点では、エネルギー効率の良い設備の導入や、再生可能エネルギー利用などによるCO2削減が求められています。また「人権保護」の観点では、サプライチェーン全体での労働者の待遇改善が求められています。世界経済フォーラムでは、これら取組みのお手本となる工場を「Global Lighthouse」として認定する制度も設けています。認定された工場では、デジタル技術の活用などを通じて、サプライチェーンの最適化や温室効果ガス排出量の削減に取り組んでいます。なお、2023年時点での日本の「Global Lighthouse」の数は、2社2拠点に限られており、アメリカや中国、ドイツなどと大きな差が生じています。(引用:2023年版ものづくり白書 p.150|経済産業省)2. 製造業の課題本寄稿では製造業の代表的な課題としては、以下の3つを取り上げます。人手不足DX化の遅れ製造原価の高騰(1)人手不足製造業における人手不足の問題は年々深刻になっています。2020年、新型コロナウイルス感染拡大の影響により製造業でも経済活動が鈍化し、人手不足の問題は一時棚上げになったようにも見えました。しかし、コロナの影響が落ち着き、社会の経済活動が再び活発になったことで、人手不足の問題が再び顕在化しています。具体的な数字としては、中小製造業における従業員数過不足DIは、2020年に新型コロナウイルス感染症の影響で0を上回った(=業界全体として人手が余る状況になった)ものの、その後は再び0を下回りました(=人手不足の状況となった)。2022年には全産業と同水準のマイナス19.3にまで戻り、コロナ前と同水準の人手不足状態となっています。(引用:2023年版ものづくり白書 概要 p.26|経済産業省)なお、この20年間で製造業の高齢化も進んでいます。34歳以下の就業者の実数値としては、2002年は約384万人ですが、2022年は255万人と減少傾向。逆に65歳以上の就業者数は、2002年は58万人ですが、2022年は90万人と増加傾向にあります。65歳以上の就業者数の割合が他の業種と比べると低いものの、過去20年間でみると増加していることがわかります。(引用:2023年版ものづくり白書 p.43|経済産業省)(2)DX化の遅れDX(デジタルフォーメーション)とは、先進的なデジタル技術の活用により、手作業を自動化するなどの業務効率化を図る取り組みのことです。DXの重要性は、日本の製造業界でも認識され始めています。一般社団法人日本情報システムユーザー協会(JUAS)が実施した調査によると、IT投資で解決したい経営課題の1位は業務効率化(約5割以上)であり、多くの企業は業務効率化を促進するためIT・デジタルツールへの投資を検討しています(引用:企業IT動向調査報告書 2023 |日本情報システムユーザー協会(JUAS))。また、新型コロナウイルスの影響により、DXの取り組みが加速しました。中小企業庁作成の中小企業白書2023年版でも、多くの企業で感染拡大を踏まえたデジタル化(DX化)の取り組みが進んでいると分析しています。(引用:中小企業白書 2023年度版 p.48|中小企業庁)その一方で、日本全体のDX普及率は依然として遅れています。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2022年に行った調査によると、デジタル技術の導入・研究状況において、日本は世界63カ国中29位であり、分野別の分析では、「ビッグデータの活用と分析」「企業の俊敏性」で最下位となっています。(引用:World Digital Competitiveness Ranking p.28|IMD)特に日本の製造業は、企業間での生産プロセス・流通状況等に関するデータの連携が弱いといわれています(引用:2023年版ものづくり白書 概要 p.9|経済産業省)。DX化が遅れている背景には、日本の製造業の「技術力・現場力の高さ」が関係しているとよく指摘されています。日本の製造業者は、設備投資が進まず、古い生産設備のままでも現場のオペレーションの工夫などによってやりくりが可能なほど現場力が高いため、良くも悪くも、DXせずとも高品質の仕事を実現できてしまっているのです。しかし、前述したとおり、製造業の就業者の高齢化が進んでおり、技術継承が上手くいかなかった場合、現場を支えてきた技術そのものが失われてしまいます。このように技術が属人化したままだと持続可能な製造業の発展がし難いため、DX化の推進が必要とされています(引用:製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性 p.55|経済産業省)。(3)製造原価の上昇製造原価の上昇も製造業の代表的な課題のひとつです。製造原価は労務費と原材料費がその多くを占める場合がありますが、その両方の価格が上昇しています。労務費2022年度までの地域ごとの最低賃金を加重平均すると、以下のとおり、人件費が上昇していることがわかります。(引用:中小企業白書 2023年度版 p.79|中小企業庁)また、前述したとおり、製造業全体で就業者の高齢化が進んでおり、人材不足が懸念されています。そのため安価な給与で人材を確保することは難しくなっており、さらに給与や福利厚生を改善しなければならない状況にあるといえます。原材料費(エネルギー価格)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の調査によると、「グローバル経済・社会状況の変化のうち、事業に影響があると考えられるもの」のうち、最も大きな項目が「原材料価格(資源価格)の高騰」にあると回答した企業は87.9%。「エネルギー価格の高騰」も78.4%と多くの企業が事業への影響を感じており、近年の原材料価格・エネルギー価格の高騰によって経営が圧迫されている企業は少なくありません。(引用:令和4年度製造基盤技術実態等調査 p.27|三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)関連記事:製造原価とは売上原価との違いや計算方法、活用方法などを解説3. 製造業の課題解決策上記の課題を解決する方向として、以下の3つが挙げられます。ICT・ロボット技術の推進リーダシップの育成と組織文化の改革サプライチェーンの最適化(1)ロボット・ICT技術などの推進日本の製造業では、人手不足の中でも持続的な仕組みを整えるため、積極的にロボット・ICT技術の導入を進めていく必要があります。例えば、自動車関連製品の大手メーカーである株式会社アイシンでは、ロボット技術の導入により、多品種部品の組み立てライン供給作業における必要人員を削減することができました。従来のアイシンの組み立てライン供給作業では、各部品の整理・管理業務が煩雑となり、多くの人員コストが必要だったそうです。技術的な難易度が高いライン作業もあり、なかなか仕組みを自動化できないという課題を抱えていました。しかし、株式会社Mujinが提供するロボットにより、多品種部品の供給・管理業務の自動化を実現し、最先端工場内物流における全体必要人員を3分の1にまで削減することができました。アイシンでは、このロボット技術の導入により、働きやすい環境の整備や、安定性の向上、製造品質の向上を実現できたようです。(参考:ロボット導入事例一覧|株式会社Mujin)また、ICT技術の導入により、技術継承の問題にアプローチすることも可能です。前述したとおり、日本の製造業でDXの推進が進まない背景には、高い現場力・技術力があるといわれていますが、その技術は属人化しており、就業者の高齢化も進んでいます。こうした技術継承の課題を解決する施策のひとつとして、ICT技術を活用した「ナレッジマネジメント」の構築が挙げられます。ナレッジマネジメントとは、ベテラン従業員の知識や技術を誰もが理解可能なデータとして保存し、共有することです。半導体などの製品をつくる際に必要な真空装置の製造を行っている株式会社アルバックでは、グループ会社間でナレッジを共有するシステムを導入しました。その結果、ベテラン従業員の知識やノウハウを引き継ぐ仕組みを構築することに成功したといいます。(参考:海外サービスエンジニアの対応品質底上げに多言語ナレッジベースを活用|Accela Technology)。(2)リーダシップの育成と組織文化の改革前述した課題の「DX化の遅れ」を解決するためには、リーダシップの育成と組織文化の改革が必要です。その理由は、DX化は単なる技術の導入だけでなく、業務の再設計など組織全体の変革を伴うためです。現場の従業員が納得する形でDX化を推進していくためには、管理職側のリーダーシップが不可欠です。具体的には、以下のような能力が求められます。魅力的かつ明確な理想(ビジョン)を打ち出す力従業員やステークホルダとのコミュニケーション能力社内の各種リソースと外部環境を鑑み、迅速かつ適切な決断力また、リーダーの育成だけではなく、以下のような組織文化全体を醸成する取り組みも重要です。失敗を許容する文化の醸成:新しい技術やアプローチを試す際に、失敗を許容し、それを学習の機会とする組織文化を醸成する取り組みコミュニケーションの活性化:情報の共有や意見交換を行いやすい環境を作り、、組織内のコミュニケーションを活性化する取り組み教育と研修の強化:DX等新たな技術の運用に必要な知識やスキルなどを身につけるための教育や研修を充実させる取り組みこうしたリーダーシップの組織文化の改革は、製造業がDX化を進めていく上でも効果的な取組となるでしょう。(3)サプライチェーンの最適化前述した課題「製造原価の上昇」の解決策の一つとしては、サプライチェーンの最適化が挙げられます。ここでいうサプライチェーンの最適化とは、原材料の調達から、製品を顧客に届けるまでの生産・流通プロセス全体の改善を指します。例えば、トヨタ自動車では、ジャストインタイムと呼ばれる製造方法が導入されています。ジャストインタイムとは、仕掛け品・在庫のリスクを削減する「無在庫経営」のことです。具体的には、少量の部品の在庫を工場に置き、注文を受けてから車の製造を開始し、減った分だけ部品を調達する方法のことです。これにより、仕掛け品・在庫の量を減らし、その管理コストを下げることができます。こうしたサプライチェーンの仕組みによって、トヨタでは、原材料の調達や在庫管理、製造ラインなどにおける無駄な作業・コストが省かれています。このようにサプライチェーンの無駄なコストを削減することで、製造原価の上昇による負担を軽減することができます。一方、サプライチェーンを最適化する際は、調達から販売までの各プロセスにおける膨大なデータを処理する仕組みが必要となります。専用のシステムを導入しデータ処理を行う場合は、多額の初期コスト・ランニングコストが発生するので留意必要です。関連記事:サプライチェーン・マネジメント(SCM)をわかりやすく解説|事例も紹介4. DX化を推進する際の注意点デジタル技術を導入する際の主な注意点2点について解説します。導入コストセキュリティ対策(1)導入コストロボットなどの技術導入をし、業務改善を行なう場合には、多額の初期投資が発生します。したがって、効果が見極めきれない状態でリスクを回避しながら導入をすすめたい場合、一度に全ての工程を変革するのではなく、一部の業務・生産ラインから見直すなどのスモールスタートを検討することが有効です。また、現場の反対なども発生しがちであり、現場の協力なしには期待した費用対効果が得られないことがあるので、現場の声をヒアリングするなどして、優先的に改善すべき点を検証してすすめることが重要です。なお、中小企業においては、ロボットやデジタル技術の導入の際に、初期費用を支援してくれる補助金があります。詳しくは下記記事で解説しているので、参考にしてください。関連記事:ものづくり補助金とは?(2023年版)申請方法やポイント、条件など解説(2)セキュリティ対策セキュリティ対策は、DX化を進める上で重要な取り組みです。DX化は効率性や生産性の向上をもたらす一方で、セキュリティ上のリスクも増大させるためです。製造業では製品の設計データやサプライチェーンに関するデータなど、機密性が高く、価値の高い情報を多く扱っているため、これらの情報が不正アクセスや漏洩から保護されることが必要です。具体的な施策としては、セキュリティ対策サービスの導入や、セキュリティに関する社内研修の実施、外部パートナーとの契約にセキュリティに関する条項を含めるなどの施策が挙げられます。5. 製造業の課題なら346にご相談ください本寄稿では、日本の製造業がかかえる、「人手不足」「DX化の遅れ」「製造原価の上昇」の課題とその解決策について解説いたしました。しかし、企業が抱える課題やリソースは千差万別です。「自社で取り組むべき課題がわからない」「自社で実行可能な解決策がわからない」といったお悩みを抱えた企業も少なくないありません。弊社346は、製造業に特化した様々な専門家を有するメンバーで構成されており、製造業の課題解決を総合的に支援する事業を行っています。初回無料相談も行っているので、製造業に関するお悩みがあれば346までお問い合わせください。製造業の経営に関する解説記事製造原価とは売上原価との違いや計算方法、活用方法などを解説技術戦略とは?メリットや注意点、立案方法、導入事例を解説デザイン経営とは?成功事例や効果的な実践方法をわかりやすく解説デザインマネジメントとは?デザイン経営との違いや具体的な業務を徹底解説ものづくり補助金とは?(2023年版)申請方法やポイント、条件など解説その他の関連記事デザインマネジメントのこぼればなし 第1回 「デザイン組織のいろいろな人々」デザインエンジニア概論 第1回「デザインエンジニアとは」ハードウェアスタートアップのデザイン戦略 第1回「日本の製造業概況」デザイナーが知っておきたい 知財文献紹介【第1回】電池式携帯電話用充電器まんがでわかるインダストリアルデザイン 第1話「インダストリアルデザインってなんだろう?」デザイン漫遊記 ① スティックレー家具346 COMPANY LOG | 創業ストーリー<株式会社346について>346(サンヨンロク)はデザイン経営を中核にしたものづくりでテクノロジーの民主化を目指す開発・製造総合支援企業です。インダストリアルデザイナー、ハードウェアエンジニア、ビジネスコンサルタントなど様々な専門家で構成されています。346へのデザイン・製品開発依頼はCONTACTよりお問い合わせください。<ものづくりが好きな仲間を探しています>弊社346ではデザイナーやエンジニアを募集しています。興味関心がある方はCAREERSよりお問い合わせください。弊社346では、本記事の連載または出版にご協力いただける企業を募集しています。興味関心がある方はCONTACTよりお問い合わせください。Wrriten by 346 inc. with Xaris